
スポーツの世界には、当たり前のように「練習」があります。 何度も同じフォームでバットを振ったり、 何百回も同じステップを繰り返したり。 楽器の演奏家なら、毎日必ずスケール(音階)を弾く基礎練習から始めますよね。
中心にあるのは、徹底した「反復練習」です。
でも、クリエイターの世界になると、 なぜかこの部分がすっぽりと抜け落ちてしまいがちです。
多くの人が、熱心に「インプット」をします。 映画を見たり、海外の素晴らしい映像を調べ尽くしたり。 もちろん、それはものすごく大切なことです。
だけど、ふと思ったんです。 「インプット(作品を見る)」と「本番(現場・案件)」の間にある、 身体に染み込ませるための地味な練習、自分は出来ているのかな?って。
実は僕、最近、毎日カメラを触るという 自分なりの「朝練」をしています。
日常を切り取るための、小さなカメラとテーマ
僕の練習は、いたってシンプルです。 朝や、お昼のちょっとした散歩がてら、 カメラを持って家の周りを撮影する。それだけです。
このときに持ち出すのは、現場で使うような大きなシネマカメラではなく、 あえて自分の「感覚」の延長で、サッと構えられる小さなカメラ。 リグや大きなモニターでガチガチに固めるのではなく、 身軽に、自分の目線とシンクロさせるように歩きます。
本当に普通の近所を歩くだけなので、 そこには特別な絶景も、ドラマチックな被写体もありません。
だからこそ、僕は歩きながら自分の中で「今日のテーマ」を決めます。
たとえば、よく晴れた日なら『Echoes of Summer(夏の残像)』。 しっとりと雨が降る日なら『Sound of Rain(雨の音色)』。

「じゃあ、このテーマを表現するために、何をどう切り取るか?」 光の当たり方、水たまりに反射する景色、ふと目に留まった日常のディテール。 頭をフル回転させながら散歩して、帰ってきたらギュッと1本の短い映像に編集し、SNSにアップする。 ここまでが僕のルーティンです。
これをやったからといって、 「翌朝、急に天才的なカメラワークが身についた!」 なんていう、ドラマチックな変化を実感することは正直ありません。
でも、確実に変わったなと思うことがいくつかあります。


現場で「迷う時間」が減っていく
一つは、現場に入ってから撮影に没頭するまでの「助走時間」が、圧倒的に短くなったことです。
毎日カメラに触れていると、 機材がまるで「手の延長」のようになっていきます。 触った回数が多ければ多いほど、ボタンの配置も、 その機材特有の「クセ」みたいなものも、身体が勝手に掴んでくれる。
いざ本番というときに、機材の操作でまごつくことが一切なくなるので、 良い撮影をする事に集中できるようになりました。
地味な反復練習は、現場での「迷う時間」を削ぎ落としてくれるんです。
一流のインプットに圧倒されそうな時に
もう一つ、この練習を始めてから気づいた、 とても大切な気持ちの上でのメリットがあります。
僕たちが普段インプットとして目にする映像や写真って、 やっぱり世界の一流クリエイターが、大きな予算と最高のチームで作ったものが多いですよね。
それを見ること自体は最高の刺激になります。 でも、あまりに凄すぎる「一流の仕事」ばかりを見続けていると、 ふと自分の現在地とのギャップに、 ウッと息苦くなってしまう瞬間がありませんか? 「自分はあんな風になれるんだろうか」って。
インプットの海で溺れそうになったとき、 この「近所の散歩をテーマを決めて撮る」という地味な練習が、 僕の心を地面に繋ぎ止めてくれます。
もちろん、高い理想を目指すのは大前提。 だけど、それと同時に「今の自分にできる範囲のこと」をコツコツと続ける。 実際に手を動かして、1本の形にする。
この小さな積み重ねが、「自分は一歩ずつ進んでいる」という静かな自信になって、心をすごく健康に保ってくれるな、と実感しています。
一流の映像を見て目を養うことも、 現場でプレッシャーに揉まれることも、どちらも大事。
だけど、そのどちらでもない、 誰のためでもない「毎日の練習」が、 実はクリエイターとしての体幹を一番鍛えてくれているのかもしれません。
皆さんは最近、カメラ、触れてますか?
作った作品は僕のSNSでアップしているので、見てみて下さい。
https://www.instagram.com/kazuki_axis/
では、また!