
こんにちは。axis.代表の松下です。
今日は、この仕事を続けていく為に気をつけていることを書いていこうと思います。
映像や写真を仕事にしていると、
「仕事以外でカメラを持つこと」が、だんだん少なくなっていきます。
納期、クオリティ、予算、段取り。
現場では常に気を張っていて、
カメラを持つこと自体が“仕事モード”になってしまっている事に数年前に気づきました。
仕事以外では、カメラは触りたくないと思う時期もあったり、、、
それでも僕は、
今でも仕事とは関係のない映像と写真を、今でも撮り続けています。
今日はその理由について書いていきます。
うまく撮ろうとしない時間
仕事で映像や写真を撮っていると、
どうしても「正解」を探してしまいます。
この構図は合っているか。
このカットは使えるか。
クライアントの意図からズレていないか。
編集を早く回すために、今できることは、、、
などなどたくさんの事が頭を行き交っています。
一方で、仕事じゃない映像や写真を撮るときは、
そういった判断を一度すべて手放します。
うまく撮れなくてもいい。
ピントが少し甘くてもいい。
編集する予定がなくてもいい。
ただ、その瞬間に「いいな」と思ったものを撮る。
この時間が、思っている以上に自分を楽にしてくれます。
映像と写真と、ちょうどいい距離を保つために
映像や写真を仕事にしていると、
好きだったはずのものが、
いつの間にか義務のように感じる瞬間があります。
そんなときに、
仕事じゃない映像や写真を撮る時間があると、
映像や写真との距離を
いい状態に保てている気がします。
「撮らなきゃいけない」ではなく、
「撮りたいから撮る」。
この感覚を忘れないために、
あえて仕事にならない映像と写真を撮っているのかもしれません。
技術は、あとからついてくる
不思議なことに、
仕事じゃない映像や写真を撮っている時間のほうが、
結果的にスキルが伸びていると感じることがあります。
カメラの扱い方。
光の感じ方。
構図のバランス。
意識して練習しているわけではないのに、
いつの間にか体に染み込んでいる。
「カメラを触る時間が多い」
ただそれだけで、
感覚は少しずつ磨かれていくのだと思います。
家族や身近な人を撮るということ
ストリートフォトとは別のベクトルで、
家族や友人を撮るのも好きです。


記憶は曖昧で、
時間が経つほど細部は失われていきます。
でも、写真や映像が一つ残っているだけで、
「あの時こうだったよね」と
また同じ話ができる。
それは、
上手い写真かどうか、
良い映像かどうかとは関係なく、
ただ“残っている”ことに意味がある気がしています。

仕事に還ってくる瞬間
自由に撮っている映像や写真は、
直接仕事になるわけではありません。
でも、
そこで感じた空気や距離感、
うまく言葉にできない感覚が、
いつか仕事の中で自然と出てくることがあります。
「あのとき撮っていた感じに近いな」
そんなふうに思う瞬間が、たまにあります。
僕は、『好きこそ物の上手なれ』という言葉が好きです。
好きなことは、勝手に上手くなるんです。勝手に学んで、勝手に実践して、勝手に会得して、
その勝手になっていく過程こそが努力と言われる物なのかもしれないのだけれど、努力と思わないレベルで
物事に打ち込めたらそれは素敵なことだなと思います。
おわりに
仕事として映像や写真を続けていくために、
趣味として映像と写真を撮り続けている。
少し矛盾しているようですが、
今の僕には、これが一番しっくりきています。
きっとこれからも、
誰に見せるわけでもない
映像や写真を撮り続けると思います。
それが、
長く映像と写真と付き合っていくための、
自分なりのバランスなんだと思うのです。